フェルシアの作ってくれた料理は、美味しくて、食べるたびに心がほっと温まる。香りからして食欲をそそられ、一口口に運ぶたびに、丁寧に仕込まれた味が広がる。「いつもありがとうな。フェルシアの料理は、いつも最高においしいなー!」そう伝えると、彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。
「あのですね、実は……それ、エリーさんが手伝ってくれたんですよ?」と、フェルシアが穏やかな口調で教えてくれた。
「ふっふーん♪ 頑張って作ってみました! 味付けも全部、フェルシアさんに教わって……ですけれど。」エリーは初めて見る自慢げな表情を浮かべ、得意そうに言った。しかし、その誇らしさも一瞬のことで、すぐに彼女らしい落ち着いた雰囲気に戻ってしまった。
「いや、エリーは覚えが早いし、丁寧に作ってくれるだろ。それに……教えた俺よりも、ずっと上手になってる。フェルシアの料理を全部覚えたら、料理人にも匹敵する腕前になるんじゃないか?」と、優しく笑いながらエリーに言った。
「わっ、本当ですか? そんな風に褒めていただけるなんて……」エリーは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。「けれど、それもフェルシアさんが丁寧に教えてくださったおかげです。わたし、一人では絶対にここまでできませんでしたから」と真面目な表情で付け加えた。
そんなエリーを、フェルシアは穏やかな笑みで見つめていた。「謙虚なところはエリーさんらしいですね。でも、ちゃんと自分の努力を認めてもいいと思いますよ」そう優しく声をかけると、エリーは恥ずかしそうに目を伏せながら、控えめに小さく頷いた。
フェルシアにお礼を言い、店を後にしようとすると、ユナが少し眠たそうに目をこすりながら声を掛けてきた。「今日は疲れちゃったから……ここで寝ても良いかなぁ? 明日も来るんでしょ? レイと一緒に寝る約束しちゃったしぃ……」と、微笑みながら甘えるように言った。
フェルシアを見ると、彼女が静かに頷いてくれたので、エリーと二人で店を後にすることにした。帰り際、ユナが小走りで近づいてきて、「そうそう、裏庭の野菜に水やりを頼んでもいいかなぁ? えへへっ♪」と、ちゃっかり自分の仕事をお願いしてきた。
ユナの頭を優しく撫でて頷くと、「ユウ兄ぃ……かがんでっ♪」と服の袖を引っ張られた。素直に屈むと、彼女は「お礼ねっ♪」と微笑みながら囁き、ちゅっ♡ と軽く唇を重ねてきた。その無邪気な仕草に、思わず胸が温かくなる。
「ユナちゃん、ずるーい。」隣で見ていたエリーが、微笑みながら軽く頬を膨らませてそう言った。その表情には、どこか楽しげな雰囲気も混じっている。
夜の帳が下りる中、森を抜けてエリーを抱きかかえながら帰宅した。静かな家の中では、夕食もすでに済ませ、ただ寛ぐだけの時間が流れる。だが、不思議なものだな。最近はユナと一緒にいることが当たり前になっていたせいか、彼女がいないだけでぽっかりとした寂しさを感じる自分がいる。
「ユウさん、ミリーナさんとは仲良くできていますか?」
エリーが、どこか心配そうな表情でそう尋ねてきた。
どう答えたものかと迷っていると、彼女の表情がふと明るくなり、少し身を乗り出してきた。
「手は……握ったんですか? それとも、キスなどに進展してます? お嫁さんに……できそうですか?」
どこか恋愛話を楽しんでいるような口ぶりだ。いや、それどころか——ほんのりと興奮しているようにも見える。
エリーのそんな様子に、少し戸惑いつつも、つい笑ってしまう自分がいた。
「まあ、キスはしたな……」
そう答えると、エリーの瞳がぱっと輝いた。
「わぁ……どのように、だったのでしょうか? 詳しくお聞かせください♪」
期待に満ちた笑顔と前のめりな姿勢。無邪気な好奇心が全開だ。
「……いや、さすがにそこまで詳しくは……」
と濁すと、エリーはぷぅっと頬を膨らませて抗議してくる。
「むぅ……ユウさん、教えてくれないのですか? ……まあ、妬けますけど。でも、必要な方ですし」
そう言って、少し照れくさそうに顔を赤らめる。
そしてすぐに、また表情を輝かせながら、
「ということでですね、恋愛のお話のように、しっかりお聞かせくださいね♪ 楽しまなきゃ損です!」
と、ニコニコと笑ってくる。
——まったく、押しが強い。
エッチな話は避けつつ、ミリーナが甘えてきたことや、いまではかなりベッタリな関係になっていることを話してやると、エリーは興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「わぁ、それってすごく素敵ですね! ミリーナさん、ユウさんのこと、本当に信頼してるんですね♪」
無邪気に微笑むその表情は、どこか嬉しそうでもあり、少しだけ寂しげにも見えた。
そして——ふいに表情を曇らせ、言いにくそうに口を開いた。
「あ、あのぅ……どちらのキスが……良かったのでしょうか?」
真剣なまなざし。その瞳に迷いが浮かんでいる。
だから、俺は迷わず言った。
「それは、エリーに決まってるだろ」
さっきまで怒鳴っていたとは思えないほど、ぽつりと落ち着いた声。 その赤い瞳は、どこか素直で、頼るように揺れていた。「……まあ、討伐が仕事だからな。」 視線を逸らしながら答えるユウの声は、なぜか落ち着かない。 リリアの柔らかさと温度が、近すぎる距離で伝わってくるせいか——。「……それに、ユウ様はとても頼りになりますわね」 くるりとユウの前に立ち、まっすぐに見つめるリリア。 その視線は真剣で、どこか期待するようだった。「……お前、いつももっと偉そうにしてるよな。」「なっ……なにを!? わたくしは常に上品に、ただ気高く……!」 途中まで勢いよく反論するも、ふと視線を泳がせ、頬が赤くなる。「……でも、その……今回は少しだけ、頼ってもいいかしら……?」「……俺に頼るって、お前らしくないな」「ち、違いますわ! わたくしはただ……状況的に仕方なく、そう、戦略的な意味で! そうですわ!」 ユウは苦笑しながら肩をすくめる。「ま、好きにしてくれ……」「ふんっ……最初からそう言えばよろしいのですわ……よ。」そう言いながらも、リリアはしっかりとユウの袖を握っていた。 森の探索を中に——ぽつり、と頬に冷たい雫が落ちた。「……あっ、雨……?」 リリアが空を見上げた瞬間、突如として空が鳴り、激しい雨が降り出した。「マズいな、こっちだ。走れ!」 ユウは手を引き、リリアを連れて駆け出す。ほどなくして、木陰の中にぽつ
その瞬間、リリアが腕にぎゅっと抱き着く。「きゃっ……! わたくし、ちょっと驚いてしまいましたわ!」——と言いつつ、頬をぷいっとそらしながら、無意識に俺へ寄り添い頬を軽く膨らませながら顔を上げる。「…………。」 ただ、頬をほんのりと赤く染め、ちらりとこちらを伺うだけだった。 ……え? いや、なんだこの可愛らしい仕草? 普段と違う、わずかに揺れる視線。 普段のリリアなら、気丈でプライドの塊みたいな態度なのに——なぜか、まるで別人のような無邪気な反応を見せている。「な、なんでそんなにくっついて……」 思わず戸惑いながら言葉を返すと、リリアはふわりと微笑む。「だって、ユウ様がそばにいらっしゃると……安心できますもの。」 その言葉が、思いのほか真っ直ぐで—— ——不意に、俺の胸が軽く鳴る。 何だこれ。変な感じだ。 しかし、すぐに気配を感じた。「っ、魔獣——!?」 俺はリリアを軽く抱き寄せ、反対の腕をかざす。 魔法の陣が瞬く間に発動し、閃光が飛ぶ。 魔獣の咆哮が短く響き、次の瞬間に魔獣は沈黙しその場に横たわる。 戦場に、ひとつの静けさが戻る。 ——そして、俺の腕に抱き着いたままのリリアが、目を輝かせて俺を見つめた。「すごいですわ……! ユウ様が戦うお姿を、こんなに間近で……見れるなんて!」 リリアは、何の飾りもなく無邪気に喜び、キャッキャと声を上げる。 それはまるで——普通の女の子のような反応だった。 俺はじっと彼女を見つめる。
湿った土の匂いと、葉が揺れる微かな音。しかし、その静寂の裏には確かに異質な気配が漂っている。「……っ!」 レオの肩がびくりと跳ねた。 魔獣の咆哮が響き渡り、地面が揺れる。近衛兵たちは即座に動き、戦闘態勢へと移った。 しかし、ただ守るだけではない。 彼らの役目は単なる護衛ではなく 「王子の活躍の場を確保する」 という難しい任務も抱えていた。 魔獣の巨体が木々の間から姿を現した。唸り声とともに鋭い爪が地面をえぐり、空気を引き裂く。 レオは怯えながらも、ちらりと近衛兵の動きを見る。「……ボ、ボクもやる!」 そう言いながら、ショートソードを握る。しかし、手にはわずかな震えが残っている。 近衛兵たちは巧みに動き、あからさまに倒すのではなく、攻撃をいなすように戦う。魔獣の動きを制限し、レオが攻撃しやすい形に誘導する。「レオ様、今です!」 促される形で、レオは剣を振り下ろした。ザシュッ! 刃が魔獣の肩をかすめる。決定打ではないが、それでも 「確かに攻撃が通った」 という手応えがあった。 レオの目が輝いた。「やった……やったぁ!」 怯えは少しずつ薄れ、楽しさが込み上げる。しかし、魔獣はまだ健在である。「調子に乗るなよ、レオ。次の動きがくるぞ!」 ユウが声をかけた瞬間、魔獣が大きく跳躍する。 近衛兵たちが即座に反応し、レオの前へ飛び出した。 鋼の剣が閃き、魔獣の爪を弾く。その間に、レオは息を整え、次の攻撃のタイミングを測る。 ——戦場は混沌としている。しかし、レオの中には 確かに戦う意志が生まれ始めていた。 森の戦場は徐々に整備され、討伐の拠点が構築されていく。 レオの戦闘は近衛たちに任せても問題なさそうだが、万が一に備え、目の届く範囲で自由に動かせる。魔法が届く距離にいれば、即座
大所帯になってしまい、物資も大量になり馬車の隊列を作る事態となっていた。まるで戦場に向かう隊列だった。俺が前回「料理人も必要だな」と言ってしまい、俺が喜んでいたので今回も用意されていたのだ。 リリアは同じ馬車に乗ろうとしていたが、リリアのお付が「王子殿下と同じ馬車は……さすがに控えた方が。」と言われ不満な顔をして自分の馬車へ乗り込んでいた。 二人だけの広く豪華な馬車にレオと二人っきりになってしまった。だが、お互いに気を遣うこともなく寛いでいた。「なあ、なんで俺に懐いてるんだ?」 ずっと抱えていた疑問。 初めて出会ったとき、レオは冷たい目線を向け、意地悪そうな表情で試すような言葉を投げかけてきた。 それが今ではデレデレの笑顔で、俺の膝枕で甘えてきて寝転がっている。完全に警戒もしておらず、近衛も護衛も同席をしていない。「ん? ユウ兄が大好きだからぁ♪」「だから、なんで好きなんだよ? 初めは、挑戦的と言うか絡んできたよな? 実力を見ようとして。」「あぁ~そうだったっけぇ~? えへへ♪ エリー姉の旦那さんだしぃ~いいじゃん♪ ボクさぁ……エリー姉は姉弟だけどぉ……一緒に過ごしてなくて、兄弟って知らないんだよね。今まで、甘えられる人もいなかったしぃ……こんな関係、受け入れてくれる人いなかったんだぁ。普通に怒ってくれて、普通に接してくれる人がさぁ。」「そっか。」レオの言葉に納得してしまった。 甘えさせてくれる兄弟か。兄弟でも、ここまで甘えないと思うが……ま、レオの兄弟のイメージなんだろうな。好きにさせてやるか。エリーの弟なんだし。実際に義理の弟なんだからな。 俺の膝にぷにぷにの頬を押し付け、頬ずりをしてくる可愛いレオ。その片方の頬を指で突っつく。 陽が傾き始めるころ、やっと俺たちは森へと足を踏み入れた。 レオは軽装備に身を包み、革の胸当てとショートソードを腰に備えている。彼の小柄な体には過剰な装備は不要で、軽快な動き
問題が解決したリリアたちはなぜか未だにその場に留まっており、リリアはほっとした表情を浮かべている。 ……もしかして、王子が楽しみにしていた冒険に行けるのかを心配していたのか? ユウはふと疑問を抱きながら、リリアへ視線を向けた。「リリアたちは帰ってもよかったんだぞ?」 急に声を掛けられたリリアは、体をビクッとさせた。「……わ、わたしも、同行しますわ。せっかくですもの。興味がありましたし。」 ユウはその言葉に、心の中でため息をつく。 あぁ、これはウソだな。 上級貴族のお嬢様が、冒険に興味があるわけがない。しかも、レオの場合……どうせ駄々をこねて泊まると言い出す。そんな環境で貴族の娘が耐えられるわけがないだろう。 そもそも、この冒険とやらは魔物や魔獣の討伐だ。貴族のお嬢様がそんなことに興味を持つとは到底思えない。 ユウは少し眉をひそめながら指摘する。「冒険といっても、獣や魔獣の討伐だぞ? たぶん……泊まりになると思うが、大丈夫なのか? その前に、両親の許可が出ないだろ……。」 その言葉に、リリアはむぅぅ……と声を漏らし、目を潤ませた。 ……困っている。 それは彼女にとって、屈辱だったのか、それとも単に認めたくないだけなのか——。 こいつもなのか……? レオと同じで無許可で同行するつもりだったのか? みんなして、俺を犯罪者にしたいのか!? 公爵令嬢を無断で連れまわし、外泊させたとなれば……どうなるんだよ。まったく。 ユウは静かにリリアを見つめる。「……わたしが決めることですわ。ユウ様にどうこう言われる筋合いはございませんわよ。」 強気な言葉とは裏腹に、どこか不安そうな声音。 ユウはため息をつきながら、視線をレオへ向ける。 レオは変わらず無邪気に笑っている。「ん……ボクが同行を許可するっ♪ 人数がいっぱいの方がたのしぃー」『……楽しいのは、お前だけだろ!』と声に出したい気持ちをぐっと堪えつつ、俺は周りの様子を伺う。
王子自らが「許す」と発言したことで、リリアの緊張は一気に解けた。「お、お許し感謝申し上げます。王子殿下……」 かしこまった口調で声を震わせながら、深々と頭を下げるリリア。 これまでの勝気な態度は消え、礼儀正しく従うべき存在へと完全にシフトしていた。 ユウは、それを見つめながら、近衛兵へと視線を向ける。「リリアたちへの罪は、なくなったよな。手を出すなよ。」 静かに念を押すと、近衛兵たちは黙って頷いた。 その瞬間、リリアの表情がぽわーっと変化する。 安堵と共に、頬がほんのり桃色に染まり、ユウへ向けられる視線が変わった。 驚きの中に、何か別の感情が滲んでいる。 ——惹かれた。 今まで、彼女にとって誰もが自分に従い、気を遣う存在だった。 だが、ユウは違った。素っ気ない態度をとり、なのにリリアを庇い、危険を顧みず堂々と場を仕切り、圧倒的な存在感を持っていた。 それが新鮮だった。 それが……気になる。 それに——惹かれる。 リリアは、自分の心が静かに揺れるのを感じながら、ユウをじっと見つめていた——。 それに続き「手を出すなよー! ボクも怒るからぁっ」レオが俺のまねをして言ってきた。つい可愛くて、レオの頭をガシガシと再び撫でると、撫でられたレオが嬉しそうな顔をして見つめてきた。 近衛や護衛たちは王子の言葉に従い、恭しく膝を折って「かしこまりました」と返答した。その様子を眺めながら、俺は改めてレオの権力の重みを感じる。 王子という肩書きを持ち、彼の言葉一つで場が動く。そんな存在を、俺はこうして頬をむにむにと摘まんでいるわけだが——。「なぁ、冒険に出るのは構わないが、保護者に言ってきたのか?」 前回はちゃんと了承を得てから出かけた。だが、無断で王子を連れて森へ行くとなると話が変わってくる。万が一